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〔田沼意次〕

 

 田沼意次は、江戸時代中期の旗本であり後に大名となった、江戸幕府老中である。遠江相良藩の初代藩主であり相良藩田沼家初代でもある。

 田沼意次は、第10代将軍徳川家治の信任が厚く、昇進真覚ましく、明和4年には御側御用人から側用人へと出世した。

 明和6年には侍従にあがり老中格となる。安永元年には相良藩5万7千石の大名に取り立てられる。前後10回の加増により、僅か600石の旗本から5万7千石の大名にまで出世したのである。


 意次を中心とした幕府閣僚は、悪化する幕府財政を改善するために重商主義政策による改革に取り組む。田沼時代と呼ばれる権勢を誇るようになる。幕府財政は改善し景気もよくなるが、一方で金銭中心の社会が出現し、贈収賄が横行する時代となる。

 しかし、都市部が栄え農村部が疲弊し、印旛沼運河工事の失敗や明和の大火・浅間山の大噴火などの勃発があり、対策の失敗や治安の悪化で次第に田沼政治への批判が強まりやがて失脚した。石高も1万石にまで減じられた。




偉人のプロフィール

〔田沼意次〕のプロフィール。

〔田沼意次〕

田沼意次の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)
プロフィール
通称

〔通称〕
・田沼 意次(たぬま おきつぐ)

本名

〔本名〕
・田沼 意次(たぬま おきつぐ)

別名

〔幼名〕龍助
〔改名〕意次

称号

〔官位〕
・従五位下 主殿頭
・従四位下 侍従

時代

〔時代〕
・江戸時代中期~後期

生誕

〔生誕〕享保4年7月27日(1719年9月11日)
〔生誕地〕

死没

〔死没〕天明8年6月24日(1788年7月27日)
〔没地〕
〔戒名〕隆興院殿耆山良英大居士
〔墓所〕万年山勝林寺(東京都豊島区駒込)

国籍 日本国
言語 日本語
居住地

学歴

職業

〔職業〕
・江戸時代中期の旗本
・大名
・江戸幕府老中
・遠江相良藩の初代藩主
・相良藩田沼家初代

分野

〔ジャンル〕
・江戸幕府要職

所属

〔主君〕徳川家重→徳川家治

〔幕府〕
・江戸幕府小姓
・小姓組番頭
・御側御用取次
・側用人
・老中格
・老中

〔藩〕相良藩主

〔氏族〕田沼氏

業績

〔業績〕
・田沼意次は、江戸中期の幕臣であり、第10代将軍徳川家治の側用人から老中となり、幕政の実権を掌握し、積極的な経済政策を進めた。しかし、賄賂政治が横行したことで勢力を失って失脚する。

作品

受賞歴

名言

〔田沼意次の名言〕



サイト

その他