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〔高杉晋作〕

 

 高杉晋作は江戸時代後期の長州藩士である。高杉家は戦国時代毛利家中興の祖・毛利元就からの家臣であり、代々毛利家に仕えてきた名門であり、晋作は誇りをもって育った。

 幼少時に寺子屋の吉松塾に入塾、後に晋作と共に松下村塾の双璧と言われた久坂玄瑞と出会う。後に生涯の師となる吉田松陰が主宰する「松下村塾」に入る。

 幕末に長州藩の尊王攘夷の志士として活躍し、長州藩奇兵隊など諸隊を創設して、長州藩を倒幕へと向かわせた。


あ行か行さ行た行な行
は行ま行や行ら行わ行
 
たちつてと
 
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〔高杉晋作:珠玉の名言〕
 

・苦しいという言葉だけはどんなことがあっても言わないでおこうじゃないか。

・真の楽しみは苦しみの中にこそある。

・これよりは長州男児の腕前お目に懸け申すべく。

・生きるか死ぬかは時機に任せよう。世の人が何と言おうと、そんなことは問題ではないのだ。

 


偉人のプロフィール

〔高杉晋作〕のプロフィール。

〔高杉晋作〕

高杉晋作の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)
プロフィール
通称

〔通称〕
・高杉 晋作(たかすぎ しんさく)

本名

〔本名〕
・高杉 晋作(たかすぎ しんさく)

別名

〔諱〕
・春風(はるかぜ)

〔通称〕
・晋作
・東一
・和助

〔字〕
・暢夫(ちょうふ)

〔号〕
・楠樹
・東行(とうぎょう)
・東行狂生
・西海一狂生
・東洋一狂生

〔変名〕
・谷 潜蔵
・谷 梅之助
・備後屋助一郎
・三谷和助
・祝部太郎
・宍戸刑馬
・西浦松助
・谷 潜蔵

称号

〔栄典〕
・贈正四位

時代

〔時代〕
・江戸時代後期

生誕

〔生誕〕天保10年8月20日(1839年9月27日)
〔生誕地〕長門国 萩

死没

〔死没〕慶應3年4月14日(1867年5月17日)(満27歳没)
〔没地〕長門国 下関
〔墓所〕山口県下関市吉田 東行庵
〔廟〕靖国神社

国籍 日本国
言語 日本語
居住地

学歴

〔母校〕
・漢学塾(吉松塾)
・明倫館
・松下村塾
(久坂玄瑞、吉田稔麿、入江九一とともに松下村塾四天王と呼ばれた。)

・神道無念流練兵館道場(剣術稽古)

・東北遊学
(加藤桜老や佐久間象山、横井小楠とも交友する。)

・長崎から上海へ渡航し、清が欧米の植民地となりつつある実情、太平天国の乱を見聞し影響を受けたとされる。

職業

〔職業〕
・江戸時代後期の長州藩士

分野

〔活動〕
・尊王攘夷
・倒幕運動

所属

〔藩〕
・長州藩

〔所属〕
・奇兵隊

業績

〔業績〕
・幕末に長州藩の尊王攘夷の志士として活躍した。
・奇兵隊など諸隊を創設し長州藩を倒幕に方向付けた。

作品

〔著作〕
 『遊清五録』
 『東行先生遺文』

受賞歴

名言

〔高杉晋作の名言〕

・「朝に人としての道を悟ることができれば、その晩に死んでも悔いはない」という事こそが人の道である。人としての努力をすることもなく、ただ死に向かうのは人の道ではない。

・シャクトリムシのように身を屈するのも、いずれは龍のように伸びるためだ。そのためには、奴隷になっても、下僕になっても構わない。

・いまの場合、一里行けば一里の忠を尽くし、二里行けば二里の義をあらわす。尊王の臣子たるもの一日として安閑としている場合ではない。

・少年の頃、読んだ本に「学問を成すなら世間から利口と思われる人になるな。世間から愚者と思われる人になれ。」とあったので世間から愚者と思われる人になろうと僕は願った。

・苦しいという言葉だけはどんなことがあっても言わないでおこうじゃないか。

・人間、窮地におちいるのはよい。意外な方角に活路が見出せるからだ。しかし、死地におちいれば、それでおしまいだ。だから、おれは困ったの一言は吐かない。

・真の楽しみは苦しみの中にこそある。

・古くから天下のことを行う者は、大義を本分とし、決して他人に左右されることなく、断固として志を貫く。禍福や死生によって気持ちが揺れ動いたりするものではない。

・過ちを改めれば、それは過ちではないのだ。

・今さらに なにをかいわむ 遅桜故郷の風に 散るぞうれしき先生を 慕うてようやく 野山獄。

・おもしろきこともなき世をおもしろく。

・これよりは長州男児の腕前お目に懸け申すべく。

・国のために家が潰れても、家などは軽いものである。世間が僕を狂っているといっても構わない。

・死だなら 釈迦と孔子に追いついて道の奥義を 尋ねんとこそ思へ。

・苦労する身は厭わねど、苦労し甲斐のあるように。

・心すでに感ずれば、すなわち、口に発して声となる。

・人間というのは困難は共にできる。しかし富貴は共にできない。

・先が短いなら短いなりに僕は面白う生きたい。派手な打ち上げ花火を打ち上げて、消えていく…それが高杉晋作の生き方ですき。

・戦いは一日早ければ一日の利益がある。まず飛びだすことだ。思案はそれからでいい。

・天地も人も皆気のみである。気を養えば、人間あとは行動に移すのみだ。

・天賦のかんによって、その場その場で絵をかいてゆけばよい。

・負けて退く人をよわしと思うなよ。知恵の力の強きゆえなり。

・同志と共に国を作ろうとしている。曲がった国が真っ直ぐになるのはいつか分からない。その苦労は死んでからじっくりと味わおう。

・翼あらば 千里の外も飛めぐりよろづの国を 見んとしぞおもふ。

・世間の人々は名誉や利益を追って走っている。そんな時代に利益や名誉を捨てる僕のようなものが他にいるだろうか。僕はたとえ牢で死んでも恨みはない。

・人は旧を忘れざるが義の初め。

・人は人 吾は吾なり山の奥に 棲みてこそ知れ世の浮沈。

・男児が事を成すには時があるのだ。たとえ市井の侠客と呼ばれても、胸にある一片の素の心は全く変わっていない。

・直言実行、傍若無人、死を恐れない気迫があるからこそ、国のために深謀深慮の忠も尽くせるのだ。

・友人の信頼の度合いは人の死や緊急事態、困難の状況の時に分かる。

・後れても 後れてもまた後れても 誓ひしことを豈忘れめや。

・三千世界の鴉を殺しぬしと朝寝をしてみたい。

・生きるか死ぬかは時機に任せよう。世の人が何と言おうと、そんなことは問題ではないのだ。

・太閤も天保弘化に生まれなば、何も得せずに死ぬべかりけり。

・死後に墓前にて芸妓御集め三弦など御鳴らし御祭りくだされ。

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