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〔日本の偉人〕

〔や〕で始まる日本の偉人

 

 古来より現代に至るまで日本にも多くの〔や〕で始まる偉人がいる。彼らは偉大な業績を残し、日本の文化の発展や歴史の変革に大きく貢献した。

やなせたかし 山岡鉄舟 山下清 山中伸弥
山田耕筰 山田風太郎 山田方谷 山本五十六
山縣有朋 八木秀次 柳田国男

 山中伸弥は、超新星のごとく日本の医学界に輝いたノーベル賞受賞医学者である。「iPS細胞」と呼ばれることになる、マウスの胚性繊維芽細胞に4つの因子を導入して分化多能性を持つマウス人工多能性幹細胞の製法を確立した。医療分野に計り知れない革命を起こした。今後百年後にもその名を知られる偉人となるであろう。



 山中伸弥は「成熟細胞が初期化され多能性をもつことの発見」により2012年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。今後の人類の医学を飛躍的に改善することが期待される。彼こそ、真の偉人である。

 八木秀次は、日本の電気工学者・実業家・政治家です。一般的に八木アンテナとしてテレビなどの通信用アンテナとして知られる八木・宇田アンテナの発明家として知られている。


 山田耕筰は、日本の作曲家であり指揮者である。名前は山田耕作と書かれることもある。24歳頃には三菱財閥の総帥岩崎小弥太の支援でベルリン音楽学校に留学し作曲を学び、帰国後に本格的活動を始めた。明治、大正、昭和の時代にわたり、童謡や抒情曲などの多くの名曲を残している。代表曲には、次のものなど多数がある。

 『野薔薇』
 『曼珠沙華』
 『からたちの花』
 『この道』
 『鐘が鳴ります』
 『中国地方の子守謡』
 『赤とんぼ』
 『兎のダンス』
 『七夕』
 『砂山』
 『かえろかえろと』
 『ペチカ』
 『待ちぼうけ』
 『あわて床屋』



〔や〕で始まる偉人概要

〔や〕で始まる偉人概要の説明。

やなせたかし

 やなせたかしは、日本の漫画家で絵本作家、詩人である。官立旧制東京高等工芸学校図案科卒業後、田辺製薬で働いていたが、戦時中は日中戦争に出征したり、陸軍軍曹として暗号の解読に携わった経験がある。

 漫画家としては『ボオ氏』や『リトル・ボオ』『キャラ子さん』『おれは孫悟空』など多くの作品があるが、中でも『アンパンマン』の作者として有名である。

 有限会社やなせスタジオ社長であり、社団法人日本漫画家協会代表理事理事長、社団法人日本漫画家協会代表理事会長を歴任した。

山岡鉄舟

 山岡鉄舟は、幕末から明治時代の幕臣であり政治家、思想家である。剣・禅・書の達人としても知られる。明治政府では、静岡藩権大参事、茨城県参事、伊万里県権令、侍従、宮内大丞、宮内少輔を歴任した。

 武芸を重んじる家柄から、幼少時より神陰流や樫原流槍術、北辰一刀流を学び、武術に天賦の才能を示した。明治維新後には〔一刀正伝無刀流(無刀流)〕の開祖となる。江戸無血開城を決定した勝海舟と西郷隆盛の会談に先立ち、官軍の駐留する駿府に行き、単身で西郷と面会する。勝海舟、高橋泥舟とともに「幕末の三舟」と称される。

山下清

 山下清は、日本中を放浪しながら絵画を描いたことで知られる日本の画家である。山下清は、幼少時に重篤な消化不良で生命の危機にあい、その後遺症として軽い言語障害や知的障害を受けることになった。

 清は普通の学校での勉強にはついていくことができず、千葉県にある知的障害児施設「八幡学園」へ預けられるが、ここで「ちぎり紙細工」に出会い、没頭してその類まれな才能を開花させる。やがて多くの人々から賛嘆を浴び個展が開催されるようになる。

 彼には兵役免除のための放浪など幾多の物語があるが、戦後は「日本のゴッホ」とか「裸の大将」と呼ばれ親しまれた。代表作には、『長岡の花火』『エッフェル塔』などがある。

山中伸弥

 山中伸弥は、1993年大阪市立大学大学院医学研究科修了、医学博士である日本の医学者であり〔iPS細胞〕の発明者として知られる天才である。京都市名誉市民、東大阪市名誉市民などの称号が与えられている。

 山中伸弥は、「成熟細胞が初期化され多能性をもつことの発見」により2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。この発明は人類の未来に対して極めて偉大な発明である。

 20世紀がアインシュタインに代表されるとするなら、山中伸弥は21世紀の発明家の中で100年後に記憶に残される第一人者となるに違いない。

山田耕筰

 山田耕筰は、日本の作曲家で指揮者で、山田耕作とも書かれる。日本初の管弦楽団を造るなど日本における西洋音楽の普及に努めた。国際的な音楽家で、日本だけでなく欧米でもよく知られている。

 日本語の抑揚を活かしたメロディーで、歌曲や童謡、オペラなど非常に多くの作品を残した。よく知られた代表作には、『野薔薇』『からたちの花』『この道』『鐘が鳴ります』『中国地方の子守謡』『赤とんぼ』『兎のダンス』『お山の大将』『七夕』『砂山』『かえろかえろと』『ペチカ』『待ちぼうけ』『あわて床屋』などがある。

山田風太郎

 山田風太郎は、日本の小説家である。戦後日本を代表する娯楽小説家の一人とされ、伝奇小説、推理小説、時代小説の三分野で非常に多くの作品を残した。

 奇想天外な漫画が多く、シリーズものも多い。代表的な作品には、『魔界転生』や『南総里見八犬伝』『水滸伝』、そして『甲賀忍法帖』や『柳生忍法帖』などのような『忍法帖』シリーズなど現在も人気がある。

山田方谷

 山田方谷は、幕末期の儒家で陽明学者である。陽明学と朱子学を学び、それぞれの利点と欠点を会得したとされる。

 山田家は元は清和源氏ゆかりの武家なるも、彼の出生の時代には百姓として生計をたてていた。5歳にして新見藩の儒学者、丸川松隠に学び20歳で士分に取立てられ、藩校の筆頭教授となる。藩政に参加し、幕末期に滅亡寸前の藩を立て直した。方谷は「理財論」および「擬対策」を唱え藩政改革を成功させたのである。

山本五十六

 日本の海軍軍人で第26、27代連合艦隊司令長官。海軍兵学校32期生。最終階級は元帥海軍大将。1943年、前線視察の際、日本軍の暗号を分析・解読した米軍機により攻撃されブーゲンビル島上空で戦死した。米軍が解読した暗号電報は「武蔵」から発信された電文であった。

山縣有朋

 山縣有朋は、日本の武士、長州藩士であり陸軍軍人、政治家である。内務大臣、内閣総理大臣、元老、司法大臣、枢密院議長、陸軍第一軍司令官、貴族院議員、陸軍参謀総長、陸軍大将などを歴任した。

 高杉晋作が創設した奇兵隊で頭角を現し奇兵隊の軍監となる。明治政府では日本陸軍の基礎を築いて「国軍の父」「日本軍閥の祖」とも称された。伊藤博文と同様、明治維新期に低い出自から栄達を遂げた代表的人物である。

八木秀次

 八木秀次は、日本の電気工学者で実業家である。通称、八木アンテナとして知られる八木・宇田アンテナの発明家として知られる。この発明により〔八木アンテナ社〕を創業し初代社長となった。八木アンテナは現在でもTV受信用アンテナとして使用されている。

 戦時中は内閣技術院総裁、戦後は右派社会党や日本社会党に所属し参議院議員を務めた。東京工業大学学長、千葉工業大学顧問、大阪帝国大学総長、武蔵工業大学学長なども歴任した。

柳田国男

 柳田國男は、日本の民俗学者である。日本民俗学の開拓者で、現在の兵庫県神崎郡福崎町の医者の家に出生した。民俗学の多数の著作があり現在でも愛読される。

 幼少時より非凡な才能を発揮し、自家のみならず近隣家が所蔵する無数の蔵書を読破したという。東京帝国大学法科大学政治科卒業後には農商務省に入り東北地方の農村の実態を調査・研究する。森鴎外や田山花袋、国木田独歩、島崎藤村とも親交があり、『しらがみ草紙』や『文学界』『国民之友』『帝国文学』などに投稿している。

 農商務省の高等官僚となり、東北地方の民族学に傾注するようになり、当時新進作家の佐々木喜善と知り合い『遠野物語』を執筆した。雑誌「郷土研究」を創刊する。以降、「日本人とは何か」を求め続け、日本民俗学を確立した。