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〔山岡鉄舟〕

 

 山岡鉄舟は、幕末から明治時代の幕臣であり政治家、思想家である。剣・禅・書の達人としても知られる。明治政府では、静岡藩権大参事、茨城県参事、伊万里県権令、侍従、宮内大丞、宮内少輔を歴任した。


 武芸を重んじる家柄から、幼少時より神陰流や樫原流槍術、北辰一刀流を学び、武術に天賦の才能を示した。明治維新後には〔一刀正伝無刀流(無刀流)〕の開祖となる。

 江戸無血開城を決定した勝海舟と西郷隆盛の会談に先立ち、官軍の駐留する駿府に行き、単身で西郷と面会する。勝海舟、高橋泥舟とともに「幕末の三舟」と称される。



偉人のプロフィール

〔山岡鉄舟〕のプロフィール。

〔山岡鉄舟〕

山岡鉄舟の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)
プロフィール
通称

〔通称〕
・山岡 鉄舟(やまおか てっしゅう)
・山岡 鐵舟(やまおか てっしゅう)(旧字)

本名

〔本名〕
・山岡 鉄舟(やまおか てっしゅう)
・山岡 鐵舟(やまおか てっしゅう)(旧字)

別名

〔巨士号〕鉄舟
〔通称〕鉄太郎(鐵太郎、てつたろう)
〔号〕一楽斎
〔韓〕高歩(たかゆき)

受賞歴

〔栄典〕
・静岡県権大参事
・茨城県参事
・伊万里県権令
・侍従
・宮内大丞
・宮内少輔
・子爵
・従三位
・勲二等
・勲三等(維新のしめくくりは、西郷と自分の二人でやったのだから、これでは不足と受賞を拒否)

〔学術賞〕
・全日本剣道連盟の剣道殿堂に顕彰

時代

〔時代〕
・江戸時代~明治時代前期

生誕

〔生誕〕天保7年6月10日(1836年7月23日)
〔生誕地〕江戸本所

死没

〔死没〕明治21年(1888年)7月19日
〔没地〕四谷区
〔戒名〕全生庵殿鉄舟高歩大居士
〔墓所〕東京都台東区 全生庵

国籍 日本国
言語 日本語
居住地

学歴

〔就学〕
・久須美閑適斎より神陰流(直心影流)剣術を学ぶ。

・弘法大師流入木道51世の岩佐一亭に書を学び15歳で52世を受け継ぎ一楽斎と号した。

・井上清虎より北辰一刀流剣術を学ぶ。

・講武所で千葉周作に剣術、山岡静山に忍心流槍術を学ぶ。

職業

〔職業〕
・幕末から明治時代の幕臣
・政治家
・思想家

分野

〔ジャンル〕
・幕末の三舟
・江戸無血開城

所属

〔幕府〕
・江戸幕府(浪士組取締役)
・精鋭隊歩兵頭格
・若年寄格幹事

〔主君〕
・徳川家茂
・徳川慶喜

〔藩〕
・駿河国静岡藩士

〔氏族〕
・小野氏
・山岡氏

業績

〔業績〕
・山岡鉄舟は、武芸を重んじる家門に生まれ育ち、幼少時より神陰流や北辰一刀流の剣術、樫原流槍術を学び、武術に天賦の才能を示した。

・彼は、中西派一刀流の浅利義明門下の剣客であり、明治維新後は一刀正伝無刀流(無刀流)の開祖となる。彼の愛刀は粟田口国吉や無名一文字である。

・幕臣として浪士組を結成し、江戸無血開城を決定した勝海舟と西郷隆盛の会談に先立ち、官軍の駐留する駿府に辿り着き、単身で西郷と面会したことで知られる。

・明治政府では、静岡藩権大参事、茨城県参事、伊万里県権令、侍従、宮内大丞、宮内少輔などの要職を歴任した。

・彼は、剣・禅・書の達人としても知られ、勝海舟、高橋泥舟とともに「幕末の三舟」のひとりとされる。

作品

名言

〔山岡鉄舟の名言〕

・お前さんが勲一等で、おれに勲三等を持って来るのは少し間違ってるじゃないか。(中略)維新のしめくくりは、西郷とおれの二人で当たったのだ。おれから見れば、お前さんなんかふんどしかつぎじゃねえか(勲三等の勲章を持参した井上馨に、勲三等の受章を拒否した際の発言)

サイト

その他

 山岡鉄舟のその人間性は、西郷隆盛をして「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と賞賛させた。

 母は塚原磯・塚原石見の二女で、先祖に、戦国時代の剣士で兵法家とされる「塚原卜伝」がいるとされる。