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〔山田耕筰〕

 

 山田耕筰は、日本の作曲家で指揮者であり山田耕作とも書かれる。日本初の管弦楽団を創るなど日本における西洋音楽の普及に努めた。国際的な音楽家で、日本だけでなく欧米でもよく知られている。


 日本語の抑揚を活かしたメロディーで、歌曲や童謡、オペラなど非常に多くの作品を残した。よく知られた代表作には、次のものなど多数がある。

 『野薔薇』   『からたちの花』 『この道』
 『鐘が鳴ります』『赤とんぼ』   『中国地方の子守謡』
 『兎のダンス』 『お山の大将』  『七夕』
 『砂山』    『ペチカ』    『かえろかえろと』
 『待ちぼうけ』 『あわて床屋』



偉人のプロフィール

〔山田耕筰〕のプロフィール。

〔山田耕筰〕

山田耕筰の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)
プロフィール
通称

〔通称〕
・山田 耕筰(やまだ こうさく)

本名

〔本名〕
・山田 耕筰(やまだ こうさく)

別名

〔別名〕山田 耕作(やまだ こうさく)

受賞歴

〔栄典〕
・文化勲章
・放送文化賞を受賞
・レジオンドヌール勲章受章

時代

〔時代〕
・明治時代~昭和時代

生誕

〔生誕〕1886年(明治19年)6月9日
〔生誕地〕東京府東京市本郷

死没

〔死没〕1965年(昭和40年)12月29日(79歳没)
〔没地〕東京都世田谷区成城
〔墓所〕西多摩霊園

国籍 日本国
言語 日本語
居住地

学歴

〔学歴〕
・巣鴨宮下の自営館(後の日本基督教団巣鴨教会)入館
・姉の夫のエドワード・ガントレットに西洋音楽の手ほどきをうける。
・養忠学校入学
・関西学院中学部に転校中退
・東京音楽学校予科入学
・東京音楽学校(後の東京藝術大学)声楽科を卒業
・ドイツ ベルリン王立芸術アカデミー作曲科に留学

職業

〔職業〕
・日本の作曲家、指揮者

分野

〔ジャンル〕
・童謡・唱歌
・軍歌
・楽団

所属

〔歴任〕
・東京フィルハーモニー会の管弦楽部首席指揮者
・日本交響楽協会を設立
・文化学院音楽科主任
・相愛女子専門学校教授就任
・演奏家協会を発足会長就任
・日本音楽文化協会発足副会長就任
・音楽挺身隊を結成して占領地での音楽指導
・帝国芸術院会員選出
・日本音楽文化協会会長
・日本指揮者協会会長就任

業績

〔業績〕
・山田耕筰は、日本の音楽家で、日本語の抑揚を活かした童謡・唱歌など多くの作品を残した。

・耕筰は、日本初の管弦楽団を創設するなど、日本における西洋音楽の普及に努めた。戦時中には、多くの軍歌も作曲した。

・ニューヨークのカーネギー・ホールでの管弦楽曲を演奏やベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やレニングラード・フィルハーモニー交響楽団等の指揮などで国際的にも活躍した。

作品

〔童謡〕
 『赤とんぼ』
 『兎のダンス』
 『お山の大将』
 『七夕』
 『砂山』
 『かえろかえろと』
 『酢模の咲くころ』
 『ペチカ』
 『待ちぼうけ』
 『あわて床屋』

〔歌曲〕
 『野薔薇』
 『唄』
 『からたちの花』
 『蟹味噌』
 『この道』
 『かやの木山の』
 『六騎』
 『鐘が鳴ります』
 『松島音頭』
 『中国地方の子守謡』
 『ロシア人形の歌』
 『愛する人に』
 『漁師の娘』
 『紫』

〔その他歌曲〕
・山田耕筰は、歌曲や童謡などの他にも、オペラや交響曲・交響詩、管弦楽曲、吹奏楽曲、映画音楽、室内楽曲、ピアノ曲、合唱曲、軍歌・戦時歌謡、国民歌、小学・中学・高校・大学校校歌、自治体歌、社歌など実に多彩な歌曲の作曲を行っているが、あまりに多数のためここでの掲載は割愛する。

〔著作〕
 『新式音程視唱教本』
 『簡易作曲法』
 『近世和声学講話』
 『独唱法提要』
 『近代舞踊の烽火』
 『作曲者の言葉』
 『音楽の法悦境』
 『私の観た現代の大作曲者』
 『生れ月の神秘』
 『歌の唱ひ方講座』
 『声楽入門』
 『レコードによる洋楽鑑賞の実際』
 『歌謡作曲法』
 『和声学・作曲法』
 『音楽論』
 『十二楽聖とその代表曲』
 『耕筰楽話』
 『音楽読本』
 『耕作随筆集』
 『歌曲の作り方』
 『若き日の狂詩曲』
 『音楽十二講』
 『山田耕筰百言集』
 『山田耕筰著作全集』
 『音楽二講 声楽独習法と旋律の作り方』
 『レコードと楽譜による音楽鑑賞指導の実際』
 『児童のための音楽 童話風に書かれた名曲レコードの鑑賞法』

名言

〔山田耕筰の名言〕



サイト

その他