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〔日本の偉人〕

山田方谷 (やまだ ほうこく)

 

 山田方谷は、幕末期の儒家で陽明学者である。陽明学と朱子学を学び、それぞれの利点と欠点を会得したとされる。



 山田家は元は清和源氏ゆかりの武家なるも、彼の出生の時代には百姓として生計をたてていた。

 5歳にして新見藩の儒学者、丸川松隠に学び20歳で士分に取立てられ、藩校の筆頭教授となる。

 藩政に参加し、幕末期に滅亡寸前の藩を立て直した。方谷は「理財論」および「擬対策」を唱え藩政改革を成功させたのである。


偉人のプロフィール

〔山田方谷〕のプロフィール。

〔山田方谷〕

山田方谷の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)
プロフィール
通称  山田方谷(やまだほうこく)
本名  山田球(通称:安五郎、字:琳卿、幼名:阿りん)
別名

受賞歴
時代  幕末・明治時代
生誕  1805年2月21日(文化2年2月21日)
死没  1877年6月26日(明治10年6月26日)(満73歳没)
国籍 日本国
言語 日本語
出身地  日本国:現岡山県高梁市中井町西方(旧備中松山藩阿賀郡西方村)
居住地
学歴  丸川松隠塾、佐藤一斎塾
職業  藩家老格。儒家・陽明学者。
分野  藩政改革者。教育家。
所属
業績  備中松山藩の藩政再建と産業振興。有終館学頭。閑谷学校再興。
作品  『擬対策』
 『理財論』

名言 〔山田方谷の名言〕



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