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〔大石内蔵助〕

 

 大石内蔵助は、江戸時代前期の武士である。播磨国赤穂藩の筆頭家老を務めていた。

 俗称は大石内蔵助だが本名は大石良雄である。元禄赤穂事件で有名となり、これを題材とした人形浄瑠璃・歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』で名を残した。



偉人のプロフィール

〔大石内蔵助〕のプロフィール。

〔大石内蔵助〕

大石内蔵助の写真 
(出典:wikipedia)

プロフィール
通称 大石 内蔵助(おおいし くらのすけ)
本名 大石 良雄(おおいし よしお/よしたか)
別名

〔改名〕松之丞(幼名)、良雄
〔通称〕竹太郎、喜内、内蔵助
〔諱〕良雄
〔渾名〕昼行燈
〔号〕可笑

受賞歴

時代

江戸時代前期 - 中期

生誕

〔生誕〕万治2年(1659年)
〔生誕地〕

死没

〔死没〕元禄16年2月4日(1703年3月20日)
〔死没地〕東京都港区高輪一丁目
〔墓所〕萬松山泉岳寺・台雲山花岳寺・大石神社
〔戒名〕忠誠院刃空浄剣居士

国籍 日本国
言語 日本語
居住地

学歴

職業

大石内蔵助は、江戸時代前期の武士。

分野

播磨国赤穂藩の筆頭家老。

所属

〔藩〕播磨国赤穂藩家老
〔主君〕浅野長矩
〔氏族〕大石氏

業績

赤穂事件で名を上げ、これを題材とした人形浄瑠璃・歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』で有名となる。

作品

名言

〔大石内蔵助の名言〕

〔辞世の句〕
・あら楽し 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし

・あら楽し 思ひははるる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし
 (『介石記』、『江赤見聞記』、『義人遺草』)

 この辞世の句は、浅野長矩の墓に対してのもので、実際の辞世の句は次のものとも言われている。

・極楽の 道はひとすぢ 君ともに 阿弥陀をそへて 四十八人

〔名言〕
・助申すまじくこと。ただし、女には苦しからず。

・抑えること無用、もっとも相手によるべし。

・したむべからず。

・盃、下に置くべからず。

・喧嘩、口論固く無用。

・勝利之全所を専に。

・大石一家は大腰抜けばかりで、僅かに我ら父と子と大石瀬左衛門が残るのみ。面目ない。

・そなたを見るのもこれ限り。かねがね申し聞けおいた事、忘れてはなりませぬぞ。

・極楽の 道はひとすぢ 君ともに 阿弥陀をそへて 四十八人。

・この内蔵助の望みはただひとつ。怨敵・吉良上野介の首でござる。本懐を遂げる日まで、この内蔵助を信じ、おのおの方の命をお預け願いたい。

・狙うは怨敵、吉良上野介ただ一人。

・では、お先に。
 (二月四日、切腹当日、最初に切腹の場に向う大石内蔵助が同志や細川家世話役らに別れを告げた言葉)

サイト

その他

〔赤穂浪士終焉の地〕
・大石良雄外十六人忠烈の跡
 (東京都港区高輪一丁目)

・水野監物邸跡
 (東京都港区芝五丁目)

・大石主税良金ら十士切腹の地
 (東京都港区三田二丁目)

・長門長府城主毛利甲斐守網元麻布上屋敷跡
 (東京都港区六本木六丁目)