小野妹子は、近江国滋賀郡小野村(現在の大津市)の豪族で、春日氏の一族小野氏の出身の飛鳥時代の政治家で外交家である。 『日本書紀』によれば大唐に派遣され、大禮(冠位十二階の位)蘇因高と呼ばれた。彼は、日本の通説で『隋書』が記録する「日出処天子」の文言で知られる国書を携えた使者であるとされる。
◆〔小野妹子〕のプロフィール。
〔姓〕臣 『隋書』で「日出処天子」の文言で知られる国書を携えた使者の名は、小野妹子とされるのが日本の通説であるが、『日本書紀』では大唐に派遣され、大禮(冠位十二階の位)蘇因高(そいもこ)と呼ばれたとある。
〔冠位〕大徳冠
6世紀 - 7世紀
〔生誕〕6~7世紀。生年不詳 〔生誕地〕
〔死没〕6~7世紀。没年不詳 〔没地〕 〔墓所〕小野妹子墓は大阪府南河内郡太子町の科長神社南側にある小高い丘の上にある。
飛鳥時代の官人。
遣隋使。
聖徳太子の部下。
『隋書』 ・「日出処天子」の文言で知られる国書を携えた使者は小野妹子とされる。 『日本書紀』 ・大唐に派遣され、大禮(冠位十二階の位)蘇因高(そいもこ)と呼ばれた。
〔小野妹子の名言〕
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・小野妹子は「華道の祖」とされることがある。