岩倉具視は、日本の公家で政治家である。当初は公武合体に努め、後に討幕運動に参加した。 明治維新後は右大臣となり,特命全権大使として欧米を視察している。帰国後征韓派を退け、内治優先・天皇制確立の政策を遂行した。
◆〔岩倉具視〕のプロフィール。
〔雅号〕:対岳 〔謹慎中の法名〕:友山。 〔補職・位階・勲等〕:贈太政大臣贈正一位大勲位。 ・維新の十傑の1人。
1825年10月26日(文政8年9月15日) 山城国 京都
・我が国小なりといえども誠によく上下同心その目的を一にし、務めて国力を培養せば、宇内に雄飛し万国に対立するの大業甚だ難しきにあらざるべし。 ・成敗は天なり、死生は命なり、失敗して死すとも豈後世に恥じんや。 ・敷島の道こそわきて仰かるれ すなほなる世の教えとおもへは。