HOME世界の偉人館 現在:PC版スマホ版へ移動

日本の偉人世界の偉人分野別偉人人気順偉人地域別偉人
世界の国世界の変革世界の賞偉人の名言サイト情報  
世界の偉人館

〔本多光太郎〕

 

 本多光太郎は、明治3年(1870年)、愛知県碧海郡矢作町生まれの物理学者、金属工学者(冶金学者)である。鉄鋼及び金属に関する冶金学・材料物性学の研究を、世界に先駆けて創始した。鉄鋼の世界的権威者であり「鉄の神様」「鉄鋼の父」などと呼ばれる。

 明治30年(1897年)東京帝国大学理科大学物理学科卒業すると、ドイツおよびイギリス留学する。


 明治44年(1911年)には東北帝国大学理科大学開設時に物理学科教授となり、1917年には歴史的な強力磁石であり、当時世界最強の永久磁石鋼となる〔KS鋼〕を発明する。

 更に昭和9年(1934年)には〔新KS鋼〕を発明した。1951年に文化功労者に選ばれる。



偉人のプロフィール

〔本多光太郎〕のプロフィール。

〔本多光太郎〕

本多光太郎の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)
プロフィール
通称

〔通称〕
・本多 光太郎(ほんだ こうたろう)

本名

〔本名〕
・本多 光太郎(ほんだ こうたろう)

別名

〔綽名〕
・はなたらしの光さん
・鉄の神様
・鉄鋼の父

受賞歴

〔栄典〕
・第1回文化勲章受章
・文化功労者
・贈勲一等旭日大綬章
・帝国学士院会員
・米国金属学会名誉会員
・東北帝国大学名誉教授
・仙台市名誉市民
・岡崎市名誉市民
・ドイツ、ゲッティンゲン大学名誉理学博士
・米国フランクリン協会エリオットクレッソン金牌

〔学術賞〕
・英鉄鋼協会ベッセマー賞

・1932年、日本人初のノーベル物理学賞の候補にノミネートされていたが、受賞を逸している。

時代

〔時代〕
・明治時代~昭和時代前期

生誕

〔生誕〕1870年3月24日(明治3年2月23日)
〔生誕地〕愛知県碧海郡矢作町(現岡崎市)

死没

〔死没〕1954年(昭和29年)2月12日)(83歳没)
〔没地〕東京都文京区
〔墓所〕岡崎市大和町 妙源寺

国籍 日本国
言語 日本語
居住地

学歴

〔学歴〕
・桑子尋常小学校卒業
・随念寺高等小学校卒業
・第一高等中学校卒業
・東京帝国大学理科大学物理学科卒業
・ドイツおよびイギリス留学

職業

〔職業〕
・日本の物理学者
・金属工学者(冶金学者)

分野

〔研究分野〕
・物理学
・材料工学

〔研究機関〕
・東北帝国大学
・千葉工業大学
・東京理科大学

所属

〔所属〕
・東北帝国大学
・千葉工業大学
・東京理科大学

〔歴任〕
・東北帝国大学理科大学開設時 物理学科教授
・臨時理化学研究所第二部研究主任
・東北帝国大学附属鉄鋼研究所初代所長就任
・東北帝国大学附属金属材料研究所初代所長就任
・東北帝国大学総長就任
・興亜工業大学(現・千葉工業大学)設立に参画
・興亜工大顧問就任
・東京理科大学初代学長就任

業績

〔業績〕
・本多光太郎は、鉄鋼及び金属に関する冶金学・材料物性学の研究を、日本はもとより世界に先駆けて創始した。磁性鋼であるKS鋼、新KS鋼の発明者として知られる。

作品

名言

〔本多光太郎の名言〕



サイト

その他