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日本の偉人

渋沢栄一



 渋沢栄一は、天保11年(1840年)武蔵国榛沢郡血洗島村に生まれた、幕末から大正初期にかけての日本の武士、幕臣であり官僚、実業家でもある。第一国立銀行や東京証券取引所など多くの企業の設立に関わり、日本資本主義の父ともいわれている。

 渋沢家は元々豪農であり、栄一は若い頃から経済的訓練を受けて育った。父親の影響で幼少時より読書をたしなみ、四書五経や『日本外史』を学んでいる。やがて、一橋慶喜に仕え農兵の募集に携わるが、慶喜が将軍となったのに伴い幕臣となり、パリで行われる万国博覧会に将軍の名代として出席するチャンスを得る。

 ヨーロッパ各地で先進的な産業や軍備を実見し感名を受ける。帰国後、明治新政府のもと、大蔵省に入省し、大蔵官僚として多くの改革を実行する。多くの地方銀行や企業などの創設を行った。渋沢はこれだけの業績がありながら〔渋沢財閥〕を創らなかった点で他の財閥創設者とは異なる。




偉人のプロフィール 〔渋沢栄一〕のプロフィール。
〔渋沢栄一〕

渋沢栄一の肖像・写真 
(出典:wikipedia)

プロフィール
〔通称名〕  渋沢栄一
〔本名〕  渋沢栄一
〔別名・ペンネーム〕
〔称号〕  
〔時代〕  
〔生誕・生誕地〕  1840年3月16日(天保11年2月13日)
〔死没・死没地〕  1931年11月11日(満91歳没)
〔国籍〕  日本国
〔言語〕  日本語
〔出生国:出身地〕  日本国:現埼玉県深谷市
〔居住国:居住地〕  日本国
〔出身校・最終学歴〕  
〔職業〕  幕臣、官僚、実業家、教育者
〔ジャンル・主題〕  実業家
〔所属・党・派〕  
〔活動・業績〕  ・第一国立銀行や東京証券取引所など設立。
 ・日本資本主義の父。
 ・理化学研究所の創設者。

〔処女作〕  
〔代表作〕  ・『論語と算盤』
 ・『論語の読み方』
 ・『成功する「心の習慣」』

〔受賞歴〕  
〔残した言葉・名言〕  ・人を選ぶとき、家族を大切にしている人は間違いない、仁者に敵なし。私は人を使う時には、知恵の多い人より人情に厚い人を選んで採用している。

 ・夢なき者は理想なし、理想なき者は信念なし、信念なき者は計画なし、計画なき者は実行なし実行なき者は成果なし、成果なき者は幸福なし、ゆえに幸福を求むる者は夢なかるべからず、一人ひとりに天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが、処世上の第一要件である。

〔公式サイト〕  
〔その他の情報〕