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日本の偉人

広瀬宰平



 広瀬宰平は、文政11年(1828年)近江国野洲郡八夫村出身の明治期の大阪財界の大立者であり、初代住友総代理人である。広瀬は幼名を幼名駒之助と言ったが明治維新後宰平と改名した。

 11歳のとき、別子銅山に奉公にあがり、安政2年(1855年)元住友江戸店の支配方の伊予国新居郡金子村久保田の広瀬義右衛門の養子となる。そして38歳のとき、別子銅山の総支配人となる。

 明治維新時、別子銅山を接収しようとした新政府に対して経営を引き続き任せるよう説得し認めさせた。技術の近代化を達成し住友の基盤を確実なものとした。広瀬の独裁体制に反対する内部勢力もあり、明治27年(1894年)総理人を辞任した。




偉人のプロフィール 〔広瀬宰平〕のプロフィール。
〔広瀬宰平〕

広瀬宰平の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)
プロフィール
〔通称名〕
〔本名〕
〔別名・ペンネーム〕
〔称号〕
〔時代〕
〔生誕・生誕地〕
〔死没・死没地〕
〔国籍〕
〔言語〕
〔居住国:居住地〕
〔出身校・最終学歴〕
〔職業〕
〔ジャンル・主題〕
〔所属・党・派〕
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〔処女作〕
〔代表作〕
〔受賞歴〕
〔残した言葉・名言〕
〔公式サイト〕
〔その他の情報〕