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〔徳川吉宗〕

 

 徳川吉宗は、江戸幕府第8代将軍である。徳川家康の曾孫にあたる。将軍就任以前は越前国葛野藩主、紀州藩第5代藩主を務めた。

 徳川御三家の紀州藩第2代藩主・徳川光貞の四男として生まれ、紀州藩主を継ぎ藩財政の再建に努め、成果を挙げた。第7代将軍家継の死により秀忠の系統の男系男子が途絶えたことで、御三家出身では初の養子として宗家を相続し、江戸幕府の第8代将軍に就任した。


 徳川吉宗は、初代将軍・徳川家康の曾孫にあたるが、父と2人の兄の死後、紀州藩主を継ぎ藩財政の再建に努め、成果を挙げた。

 第7代将軍・徳川家継の死により秀忠の系統の男系男子が途絶えたことで、御三家出身では初の養子として宗家を相続し江戸幕府の第8代将軍に就任する。

 吉宗は将軍就任後、新井白石らの手により行われた「正徳の治」の法令の多く廃止したが、正しいと考えるものは廃止しなかった。


 徳川吉宗は、増税と質素倹約による幕政改革、新田開発など公共政策、公事方御定書の制定、市民の意見を取り入れるための目安箱の設置などの享保の改革を実行した。

 この幕府改革により破綻しかけていた財政の復興ができたことで、徳川幕府中興の祖とも呼ばれる。

 しかし、年貢の引き上げなどで農民を苦しめたことで成り立った改革だったため、百姓一揆の頻発を招いた。また、庶民にも倹約を強いたため、景気は悪化、文化が停滞する弊害をともなった。



偉人のプロフィール

〔徳川吉宗〕のプロフィール。

〔徳川吉宗〕

徳川吉宗の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)
プロフィール
通称

〔通称〕
・徳川 吉宗(とくがわ よしむね)

本名

〔本名〕
・徳川 吉宗(とくがわ よしむね)

別名

〔改名〕
・松平頼久
・松平頼方
・徳川吉宗

〔幼名〕源六
〔通称〕新之助 〔綽名〕
・米将軍
・八十八将軍

称号

〔栄典〕
・従四位下右近衛権少将兼主税頭
・従三位左近衛権中将
・参議
・権中納言
・征夷大将軍
・正二位内大臣兼右近衛大将
・右大臣
・贈正一位太政大臣

時代

〔時代〕
・江戸時代中期

生誕

〔生誕〕貞享元年10月21日(1684年11月27日)
〔生誕地〕

死没

〔死没〕寛延4年6月20日(1751年7月12日)
〔没地〕
〔戒名〕有徳院殿贈正一位大相国(法号)
〔墓所〕東叡山寛永寺円頓院

国籍 日本国
言語 日本語
居住地

〔居住〕
・紀州
・江戸

学歴

職業

〔職業〕
・江戸幕府第8代将軍
・将軍就任以前は越前国葛野藩主
・紀州藩第5代藩主

分野

〔ジャンル〕
・徳川家将軍

所属

〔幕府〕
・江戸幕府
・8代征夷大将軍
(享保元年(1716年)8月13日 - 延享2年(1745年)9月25日)

〔藩〕
・越前国葛野藩主
・紀伊国紀州藩主

〔氏族〕
・徳川氏(紀州徳川家→徳川将軍家)
・松平贈姓

業績

〔業績〕
 紀州藩主時代の藩政を幕政に反映させ、幕府権力の再興に務め、増税と質素倹約による幕政改革、新田開発など公共政策、市民の意見を受ける目安箱の設置などの享保の改革を実行した。

 幕府財政の復興をなし、江戸時代を代表する名君の一人とされる。

作品

受賞歴

名言

〔徳川吉宗の名言〕



サイト

その他