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〔木下杢太郎〕

 

 木下杢太郎は、静岡県賀茂郡湯川村出身の皮膚科の医学者であり、大学医学部教授を歴任している。また詩人、劇作家、翻訳家、美術史・切支丹史研究家であり、南蛮情緒的、切支丹趣味、耽美享楽的などと称されるきらびやかな詩や戯曲を残している。

 1898年、上京して獨逸学協会学校に入学し歴史を学び、文芸雑誌を読み、絵画に親しんだ。1906年には東京帝国大学医科大学へ進んだ。


 1907年、与謝野鉄幹の新詩社の機関誌『明星』の同人となり、短編『蒸氣のにほひ』を発表した。

 1911年、東大医学部を卒業し癩病研究を志す。1938年『眼上顎部青色母斑』を独立疾患として発表した。



偉人のプロフィール

〔木下杢太郎〕のプロフィール。

〔木下杢太郎〕

木下杢太郎の写真 
(出典:wikipedia)

プロフィール
通称 木下 杢太郎(きのした もくたろう)
本名 太田 正雄(おおた まさお)
別名

〔別名〕
・堀花村(ほりかそん)・地下一尺生・葱南(そうなん)などの筆名も用いた。

受賞歴

時代

明治時代~昭和時代初期

生誕

〔生誕〕1885年(明治18年)8月1日
〔生誕地〕静岡県伊東市

死没

〔死没〕1945年(昭和20年)10月15日(60歳没)
〔死没地〕東京府東京市本郷区
〔墓所〕多磨霊園

国籍 日本国
言語 日本語
居住地

学歴

職業

〔職業〕
・詩人
・劇作家
・翻訳家
・美術史家
・切支丹史研究家
・皮膚科の医学者

〔活動期間〕1912年~1945年

分野

〔ジャンル〕
・耽美的な詩、美術史、切支丹史 ・大学医学部の教授を歴任 ・南蛮情緒的、切支丹趣味、耽美享楽的など言われるきらびやかな詩や戯曲を残した。

所属

〔文学活動〕パンの会

業績

作品

〔代表作〕
 『食後の唄(詩)』
 『南蛮寺門前(戯曲)』

〔デビュー作〕
 『蒸気のにほひ(小説)』

〔単行本〕
(東大研究生時代)

『和泉屋染物店』
『南蛮寺門前』
『唐草表紙』
『穀倉』

(奉天時代)
『印象派以後』
『食後の唄』
『地下一尺集』

(欧米留学時代)
『大同石佛寺』

(名古屋時代)
『支那南北記』

(東北大教授時代)
『厥後集』
『えすぱにや・ぽるつがる記 及び初期日本吉利支丹宗門に関する雑槁』
『木下杢太郎詩集』
『雪櫚集』
『藝林間歩』

(東大教授時代)
『其國其俗記』
『木下杢太郎選集』
『日本切支丹史鈔』

(没後)
『葱南雑稿』
『日本の医学』
『黴毒』
『秀吉と伴天連 キリスト教伝来四百年記念』
『売りに出た首』
『木下杢太郎詩集』
『百花譜』
『新百花譜 百選』
『きしのあかしや』 『木下杢太郎随筆集』

受賞歴

名言

〔木下杢太郎の名言〕

(木下杢太郎の名言は見つかりませんでした。)

サイト

その他