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〔間宮林蔵〕

 

 間宮林蔵は、江戸時代後期の幕府隠密をつとめた役人であり探検家でもある。近藤重蔵、平山行蔵と共に「文政の三蔵」とも呼ばれている。

 間宮は農民の子として生まれたが、当時幕府が行っていた利根川東遷事業に参加し幕臣の村上島之丞に地理や算術の才能を見込まれ幕府の下役人となった。寛政11年、南千島に派遣され伊能忠敬より測量技術を学び、後に西蝦夷地を測量した。


 伊能忠敬が全ての蝦夷地を測量できなかったが、残りを蝦夷地測量は間宮が行い、大日本沿海輿地全図の蝦夷以北の地図が完成している。



偉人のプロフィール

〔間宮林蔵〕のプロフィール。

〔間宮林蔵〕

間宮林蔵の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)
プロフィール
通称

〔通称〕
・間宮 林蔵(まみや りんぞう)

本名

〔本名〕
・間宮 林蔵(まみや りんぞう)

別名

〔名〕倫宗(ともむね)

受賞歴

時代

〔時代〕
・江戸時代後期

生誕

〔生誕〕安永9年(1780年)
・生年は安永4年(1775年)とも

〔生誕地〕常陸国筑波郡上平柳村

死没

〔死没〕天保15年2月26日(1844年4月13日)
〔没地〕江戸深川蛤町か本所外手町
〔墓所〕
・東京都江東区 本立院
・茨城県つくばみらい市上柳 専称寺

国籍 日本国
言語 日本語
居住地

学歴

〔就学〕
・伊能忠敬に測量技術を学ぶ

職業

〔職業〕
・江戸時代後期の徳川将軍家御庭番
・探検家

分野

〔ジャンル〕
・蝦夷地地図作成

所属

〔所属〕
・徳川将軍家

〔歴任〕
・江戸時代後期の徳川将軍家御庭番
・松前奉行支配調役下役格昇進

業績

〔業績〕
・元武家の帰農した農民出身であり、幕府で御庭番をつとめた役人であった。

・寛政11年(1799年)、国後場所に派遣され同地に来ていた伊能忠敬に測量技術を学び享和3年(1803年)、西蝦夷地を測量し、ウルップ島までの地図を作製した。

・樺太(サハリン)が島である事を確認し間宮海峡を発見した事で知られる。近藤重蔵、平山行蔵と共に「文政の三蔵」と呼ばれる。

作品

〔著作〕
 『東韃地方紀行』
 『東韃地方紀行』
 『北夷分界余話』

名言

〔間宮林蔵の名言〕



サイト

その他

 茨城県取手市の小貝川岡堰には「間宮林蔵立像」がある。