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〔吉田松陰〕

 

 吉田松陰は、幕末の日本の武士であり、長州藩士・思想家・教育者・兵学者・地域研究家である。一君万民論で、「天下は万民の天下にあらず、天下は一人の天下なり」と唱え、国家は天皇が支配するものとした。


 万民は天皇の下に平等であるが、万民は天皇のために死に物狂いで尽くさなければならないと説いた。これは幕府の権威を否定する過激な思想であった。


あ行か行さ行た行な行
は行ま行や行ら行わ行
 
やゆよ
 
〔よ〕で始まる日本の偉人

横井庄一 横溝正史
吉川英治 吉村作治
吉田兼好 吉田松陰
吉田正 吉田茂
与謝野晶子 与謝野蕪村
 
〔吉田松陰:珠玉の名言〕
 

・立志尚特異(志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない)

・俗流與議難(世俗の意見に惑わされてもいけない)

・不思身後業(死んだ後の業苦を思い煩うな)

・且偸目前安(目先の安楽は一時しのぎと知れ)

・百年一瞬耳(百年の時は一瞬に過ぎない)

・君子勿素餐(君たちはどうかいたずらに時を過ごすことなかれ)

 


偉人のプロフィール

〔吉田松陰〕のプロフィール。

〔吉田松陰〕

吉田松陰の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)
プロフィール
通称

〔通称〕
・吉田 松陰(よしだ しょういん)

本名

〔本名〕
・吉田 松陰(よしだ しょういん)

別名

〔幼名〕寅之助。名字は杉(本姓不明)
〔改名〕吉田家に養子入り後、大次郎と改める。
〔通称〕寅次郎
〔諱〕矩方(のりかた)
〔字〕義卿
〔号〕松陰、二十一回猛士

称号

〔栄典〕
・贈正四位

時代

〔時代〕
・江戸時代末期(幕末)

生誕

〔生誕〕文政13年8月4日(1830年9月20日)
〔生誕地〕山口県 萩市

死没

〔死没〕安政6年10月27日(1859年11月21日)(満29歳没)
〔没地〕江戸
〔墓所〕
・豊国山回向院
・小塚原回向院

〔廟〕桜山神社、松陰神社、靖国神社

〔投獄〕野山獄、伝馬町牢屋敷
〔裁判〕斬罪(罪状:老中暗殺を計画)
〔刑場〕伝馬町牢屋敷

国籍 日本国
言語 日本語
居住地

学歴

職業

〔職業〕
・日本の武士(長州藩士)
・思想家
・教育者
・山鹿流兵学師範

分野

〔思想〕
・尊王攘夷

〔活動〕
・倒幕

所属

〔藩〕
・長州藩

業績

〔業績〕
・一般的に明治維新の精神的指導者・理論者・倒幕論者として知られる。

・私塾「松下村塾」で、後の明治維新で重要な働きをする多くの若者に思想的影響を与えた。

作品

受賞歴

名言

〔吉田松陰の名言〕

・文に曰く、二十一回猛子と、忽ち覚(さ)む。因て思ふに杉は二十一の象あり。吉田の字も亦二十一回の象あり。我が名は寅、寅は虎に属す。虎の特は猛なり。
(安政元年11月20日に「二十一回猛子説」に松陰が書き残したもの)(遺書『留魂録』に収録)(二十一回猛子の「二十一」の由来は、杉の木を分解すると「十」と「八」で18、三が3で計21。吉田は士と十で21、ロと口で回という意味である。)

・立志尚特異(志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない)

・俗流與議難(世俗の意見に惑わされてもいけない)

・不思身後業(死んだ後の業苦を思い煩うな)

・且偸目前安(目先の安楽は一時しのぎと知れ)

・百年一瞬耳(百年の時は一瞬に過ぎない)

・君子勿素餐(君たちはどうかいたずらに時を過ごすことなかれ)

・至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり (本当の誠実さを持ちながら行動を伴わない人はいない、本物の誠実さがあるというのであれば、行動しなさい)

サイト

その他

 故郷である山口県萩市には、誕生地、投獄された野山獄、教鞭をとった松下村塾があり、死後100日目に遺髪を埋めた遺髪塚である松陰墓地(市指定史跡)、明治23年(1890年)に建てられた松陰神社(県社)がある。

 山口県下関市の桜山神社には、高杉晋作発案による招魂墓がある。

 松陰が投獄されていた伝馬町牢屋敷跡の「十思公園」には「吉田松陰終焉乃地碑」と「留魂碑」がある。