HOME世界の偉人館 現在:PC版スマホ版へ移動

日本の偉人世界の偉人分野別偉人人気順偉人地域別偉人
世界の国世界の変革世界の賞偉人の名言サイト情報  
世界の偉人館

〔新島襄〕

 

 新島襄は、天保14年(1843年)、江戸の神田にあった上州安中藩江戸屋敷で出生した、日本の宗教家であり教育者である。

 明治六大教育家の1人とされ、現在の同志社大学の前身である同志社英学校を興したことで知られる。

 成人した頃、友人から貰ったアメリカの地図書を見てアメリカに憧れるようになり、渡米を念願するようになる。


 元治元年(1864年)、米船ベルリン号で密出国する。翌年、ボストンに到着し、フィリップス・アカデミーに入学する。明治5年(1872年)アメリカ訪問中の岩倉使節団と会い、語学力を認められて通訳として参加する。

 明治8年、官許同志社英学校を開校し初代社長に就任する。その後、八重と結婚する。明治10年(1877年)には同志社女学校を設立する。



偉人のプロフィール

〔新島襄〕のプロフィール。

〔新島襄〕

新島襄の肖像・写真 
(出典:leaders'AWARD)
プロフィール
通称

〔通称〕
・新島 襄(にいじま じょう)

本名

〔本名〕
・新島 七五三太(にいじま しめた)

別名

〔改名〕
・敬幹(けいかん)
・Joe(ジョー)(密航時に呼ばれた名で、帰国後には「襄」を名乗ることになる。)

称号

時代

〔時代〕
・江戸時代末期(幕末)~明治時代前期

生誕

〔生誕〕天保14年1月14日(1843年2月12日)
〔生誕地〕武蔵国江戸神田

死没

〔死没〕明治23年(1890年1月23日)(46歳没)
〔没地〕神奈川県淘綾郡大磯町
〔墓所〕京都府京都市 同志社墓地

国籍 日本国
言語 日本語・英語
居住地

〔居住〕日本・アメリカ

学歴

〔学歴〕
・幕府の軍艦操練所で洋学を修得
・アマースト大学、アンドーヴァー神学校(洗礼)
・フィリップス・アカデミーを卒業
・アマースト大学を卒業(理学士)

・当初、密航者として渡米した襄であったが、初代の駐米公使となった森有礼によって正式な留学生として認可された。

職業

〔職業〕
・キリスト教の教育者
・教育者
・宗教家

分野

〔ジャンル〕
・キリスト教教育

所属

〔所属〕
・同志社英学校(後の同志社大学)(創立者)

業績

〔業績〕
・江戸時代の1864年(元治元年)に密出国してアメリカ合州国に渡り、そこでキリスト新教に入信して神学を学ぶ。

・改革教会(カルバン主義)の清教徒運動の流れをくむ組合派系の伝道団体である「アメリカン・ボード」の宣教師となった。

・安中教会(現、日本基督教団安中教会)を設立した。

・日本に帰国後の1875年(明治8年)にアメリカン・ボードの力添えによって京都府にて同志社英学校(後の同志社大学)を開いた。

作品

〔著書〕
 『教育宗教論集』
 『新島襄の手紙』
 『わが若き日―決死の日本脱出記』
 『将来の日本』
 『新島襄―わが人生』
 『理事功程』(岩倉使節団の報告書ともいうべきもの)

受賞歴

名言

〔新島襄の名言〕



サイト

その他