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〔王貞治〕

 王貞治は、日本生まれで中華民国籍の元プロ野球選手でありプロ野球の監督である。

 現役時代に一本足打法と呼ばれる独特の打法で、通算本塁打868本を記録した。同時代の長嶋茂雄とともにON砲として活躍し、巨人軍のV9に貢献した。現役引退後は巨人、ダイエー・ソフトバンクで監督を歴任した。

王貞治の写真 
(出典:wikipedia)

 1977年には初めて国民栄誉賞を受賞した人物として知られ、2010年には文化功労者として顕彰された。



偉人のプロフィール

プロフィール
通称 王 貞治(おう さだはる)
本名 王 貞治(おう さだはる)
中国語?音:Wang Zh?nzhi〈ワン・チェンジー〉
別名

称号

・国民栄誉賞受賞者第一号
・文化功労者顕彰

時代

昭和時代~平成時代

生誕

〔生誕〕1940年5月20日
〔生誕地〕東京府東京市本所区(現:東京都墨田区)

死没

国籍 中華民国
言語 日本語
居住地

学歴

〔最終学歴〕早稲田実業学校

職業

〔職業〕
中華民国籍の元プロ野球選手・監督・コーチ
福岡ソフトバンクホークス株式会社取締役会長兼GM
日本プロ野球名球会顧問

分野

〔ジャンル〕
・日本でのプロ野球選手・監督・コーチ

〔選手情報〕
・投球・打席:左投左打
・ポジション:一塁手
・打法:一本足打法(世界のフラミンゴ)
・プロ入り:1959年
・初出場:1959年4月11日
・最終出場:1980年10月20日

所属

〔選手歴〕
・早稲田実業学校高等部
・読売ジャイアンツ (1959 - 1980)
〔監督・コーチ歴〕
・読売ジャイアンツ (1976 - 1988)
・福岡ダイエーホークス
・福岡ソフトバンクホークス (1995 - 2008)

業績

〔業績〕 ・世界記録となるレギュラーシーズン通算本塁打868本を記録し、巨人のV9に貢献。

作品

受賞歴

〔タイトル〕
・首位打者:5回
・本塁打王:15回
・打点王:13回
・最多出塁数:12回
・最多安打:3回(当時連盟表彰なし)

〔主な受賞歴〕
・MVP:9回
・ベストナイン:18年連続18回
・ダイヤモンドグラブ賞:9年連続9回
・オールスターゲームMVP:3回
・正力松太郎賞:4回
・日本シリーズ優秀選手賞:1回
・日本シリーズ打撃賞:1回
・日本シリーズ技能賞:6回
・月間MVP:1回
・野球殿堂競技者表彰
・国民栄誉賞
・日本プロスポーツ大賞
 ・大賞:3回
 ・特別賞:1回
 ・功労賞:1回
・報知プロスポーツ大賞
 ・大賞(野球部門 セ・リーグ):2回
 ・特別功労賞:1回
・ベスト・ファーザー イエローリボン賞
・毎日スポーツ人賞
 ・グランプリ
 ・感動賞
 ・文化賞
・ベストスマイル・オブ・ザ・イヤー
・中華民国三等景星勲章
・朝日スポーツ賞
・福岡県 栄誉賞
・福岡市スポーツ栄誉賞
・福岡県 県民栄誉賞
・名誉都民
・中華民国二等景星勲章
・文化功労者
・早稲田大学スポーツ功労者
・台湾野球殿堂 競技部門

名言

〔@@@の名言〕

・いい時もあるし、悪い時もあります。自分もまた、それで初心に戻れたりしましたね。

・いままでの僕の記録はみんな、耐えることで作られてきたんです。

・カネほしさに野球をやる人は、決して本物にはなれないでしょう。

・この国の将来の為に、私がどういうものを残せるかで、今は頭がいっぱい。

・ジャイアンツでは、何のための練習なのか、自分の役割は何なのかを明確に意識していました。

・チームでも人でも、成長するときは45度の角度で一本調子で上がっていくことはない。最初は見えないくらいジワジワと上がっていき、途中から急カーブで伸びるものです。そのジワジワの時期にも、監督としては辛抱強く言い続けること、そして待ち続けることが大事なのです。

・ときには嵐のような逆風が人を強くする。

・バッティングというのは太陽のまわりを運動する惑星みたいなものでね。その核心は軸として定まっている。

・ヒットを打てなくても口惜しくなくなったし、ホームランを打ってもそんなに嬉しくなくなった時、限界がきたと思った。

・ホームランというのは準備したことがちゃんとできてるだけの話。

・ホームランを打つことは注目されたけど、それ以外は、あくまでも王貞治だと思っていた。世間はなかなかそう思っていなかったけど、僕はそういう生き方をしようと思っていたからね。

・もう打てないんじゃないかという恐怖は、常について回るんです。結果を残してきた人ほど不安と戦ってきたはずだし、恐怖心を持っていない人は本物じゃない。その怖さを打ち消したいがために、練習するわけです。

・やっぱり勝つと見えてくるものがあるんだよ。

・王貞治のバッティングが出来なくなりました。

・過去にとらわれず、現在をいかによくするか。

・我々は勝つしかない。勝てばファンも拍手で迎えてくれる。

・基本的にプロというのは、ミスをしてはいけないんですよ。

・今までの僕の記録は、みんな耐えることで作られてきた。

・最高のものを求める強い気持ちがないと、結果は出ないものなんだよ。

・仕事は忍耐第一主義。

・時代はどんなに変わっても、何かを目指して、一本の道を、周りの人とは違うスピードで、違う感覚の世界に住んで、どんどん突き進んでいく人というのは、必ず出てくるんです。そういう人に共通しているのは、ストイックだし、マゾ的な要素を持っているところ。

。自分自身をいじめるところへ身を置くことで快感を得られる。他人がどう思っても、自分に必要なことなら、どんなことでもやらないかんということになる。僕だって、ありますよ。

・自分をいじめられるというのは、うまくなりたいからです。そうしないと打てない、勝てないと思うから、自分をいじめ抜く。仕事ではMだというのはいいことじゃないかな。自分に勝つために自分をいじめて、自分と勝負できるというのはどの世界でも必要なことだと思います。ムチで叩いてくれとは言わんけどね(笑)。

・勝つための最善の努力は、どんな時もやめてはいけない。逃げたらだめなのです。

・勝負は、「ゲームセット」と審判が言うまで、分からない。

・直球を一球でしとめろ。それができなくなれば終わりだぞ。

・敵と戦う時間は短い。自分との戦いこそが明暗を分ける。

・努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。

・百回やっても、千回やっても絶対俺はちゃんとできる、という強い気持ちを持って臨んで初めてプロと言えるんです。

・僕の役目はホームランを打つことだ。

・僕は人生は円だと思ってきました。朝があれば、昼があり、夜があって、朝がくる。季節で言えば冬がくれば、春、夏、秋がきて。これはもう止めようがありません。人間もサイクルみたいなものがあって、調子がいいときもあれば、悪いときもある。

・名選手になることは難しくない。努力を怠らず、目の前にあるものをキッカケを逃さずに、確実に掴んでいけば、必ずどうにかなる。

・練習で120%の力で振れ。そうすれば試合は80%の力でいい。

・練習を怠る人が上手くなることはないんですよ。修練して上手くなった人がより上手くなるんです。

サイト

その他

・2004年、母校である早稲田実業学校に、「王貞治記念グラウンド」が竣工された。

・後楽園球場で現役引退翌年の1981年から閉場の1987年まで背番号に因んで、1番ゲートは「王ゲート」と称されて、レリーフが飾られた。

・1998年に東京ドームが開場10周年を迎えたことで再度、1番ゲートが「王ゲート」と称されて、レリーフが飾られている。

・小惑星帯(メインベルト)に位置する小惑星に・王貞治(61189 Ohsadaharu)がある。


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