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白瀬矗

白瀬矗の肖像・写真
(出典:wikipedia)

 白瀬矗は、文久元年(1861年)、出羽国由利郡金浦村出身の陸軍軍人であり南極探検家である。
 軍人としての最終階級は陸軍輜重兵中尉であった。8歳の頃、平田篤胤の高弟とされる蘭学者の佐々木節斎の寺子屋に入り、読み書きソロバンや四書五経、そしてコロンブスやマゼランの地理探検の話などを学ぶ。11歳の頃には、北極圏の話を聞き、探検家を志すようになる。

 北極の前に先ず千島探検を志すようになり、明治26年(1893年)千島探検隊(千島報效義会)に加わる。探検隊は暴風雨で多くの犠牲者をだしながらも白瀬らは最終目的地である占守島に到着し越冬した。苦難の越冬の末に救出される。  明治42年にアメリカ探検隊が北極点踏破するなどの事実を知ると、南極点到達を決意する。イギリススコット隊との競争となる。

 東郷平八郎によって「開南丸」と命名された船で南極を目指した。明治45年(1912年)南極大陸に上陸、その地点を「開南湾」と命名した。その翌日にスコットが南極点に到達している。南極点到達は断念し極地調査をすることになる。


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