ケネディは、アメリカこそ世界の覇者でなければならないと熱望し、ソ連に追いつき、追い越し、そして月面着陸の一番乗りを計画することになる。その名こそ〔アポロ計画〕である。
1962年9月12日、ケネディは、ライス大学のライス・スタジアムで、歴史に残る有名なスピーチ"The Moon Speech"をします。
ケネディは、聴衆に向かって、声高々に "We choose go to the moon." の名文句を語りかけます。この60年代中に、我々は月に行くんだ、簡単だからじゃない、難しいからこそ挑戦するのだ。
「We choose to go to the moon. We choose to go to the moon in this decade and do the other things, not because they are easy, but because they are hard, because that goal will serve to organize and measure the best of our energies and skills, because that challenge is one that we are willing to accept, one we are unwilling to postpone, and one which we intend to win, and the others, too.」
「1960年代の終わりまでに人類を月面に到達させ、安全に地球に帰還させるのだ。」
"I believe that this nation should commit itself to achieving the goal, before this decade is out, of landing a man on the moon and returning him safely to the Earth"
その後、ケネディは、220億ドル以上もの巨額な予算を獲得することに成功し、アポロ計画がスタートする。志半ばで、ケネディは暗殺されてしまうが、この計画は着々と進められた。
発射台から離れるサターンV 型ロケット。1969年7月16日 (出典:wikipedia)
ニール・アームストロング船長以下3名の宇宙飛行士の搭乗したサターンロケットが、1968年7月16日ケネディ宇宙センターから打ち上げられた。7月20日司令船「コロンビア」から分離された月着陸船「イーグル」は月面「静かの海」に軟着陸に成功する。アームストロングとオルドリンが、人類初めて月面着陸を果たした。そして、無事地球に帰還した。
分離直後、司令船コロンビアから撮影された着陸船イーグル (出典:wikipedia)
着陸船に搭載された低速度走査テレビがとらえた、はしごを下るアームストロングの姿 (出典:wikipedia)
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