ライト兄弟〕
アメリカ出身の動力飛行機の発明者で、世界初の飛行機パイロットである。
世界最先端のグライダーパイロットでもあった。彼らは、自転車屋の傍ら飛行機の研究を続け、1903年、世界初の飛行機による有人動力飛行に成功した。
兄弟は1909年にライト社を創業したが、1915年には手放している。その会社は現在、ロッキード・マーティン社として戦闘機などの開発生産をしている。
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ライプニッツ〕
ライプニッツは、ドイツの哲学者、数学者である。ルネ・デカルトやバールーフ・デ・スピノザなどとともに近世の大陸合理主義を代表する哲学者である。
ライプニッツは、アイザック・ニュートンとは独立に微積分法を発見・発明し、それに対する優れた記号法すなわちライプニッツの記法を与えた。現在使われている微分や積分の記号は彼によるところが多い。
彼の重要な業績のもう一つの側面は、今日の論理学における形式言語に当たるものを初めて考案したことにある。ライプニッツによれば、それを用いることで、どんな推論も代数計算のように単純で機械的な作業に置き換えることができ、注意深く用いることで、誤った推論は原理的に起こり得ないようにすることができるという。
彼は、優秀な頭脳を集めれば、数年のうちに実現すると考えていたが、現実にそれが実現できたのは、300年以上も先のことであった。
ライプニッツの主著は、『モナドロジー』、『形而上学叙説』、『人間知性新論』などである。
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ラヴォアジェ〕
ラヴォアジエは、フランス王国パリ出身の化学者、貴族である。質量保存の法則を発見、酸素の命名、フロギストン説を打破したことから「近代化学の父」と称される。
1774年に体積と重量を精密にはかる定量実験を行い、化学反応の前後では質量が変化しないという質量保存の法則を発見した。
当時の燃焼に関する支配的説は、〔フロギストン説〕と呼ばれ、「燃焼は一種の分解現象でありフロギストンが飛び出すことで熱や炎が発生する」とのものであった。
1774年にラヴォアジェはこの説を否定し、「燃焼は酸素との結合である」ことを唱えた最初の人物となった。この際、酸素を「オキシジェーヌ(oxygene)」と命名した。
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ラグランジュ〕
ラグランジュは、数学者、天文学者である。オイラーと並んで18世紀最大の数学者といわれている。
彼の初期の業績は、微分積分学の物理学、特に力学への応用である。その後さらに力学を一般化して、最小作用の原理に基づく、解析力学(ラグランジュ力学)をつくり出した。
ラグランジュの『解析力学』はラプラスの『天体力学』と共に18世紀末の古典的著作となった。
解析力学の研究では、ラグランジュはそれまでの幾何学的方法を排除して、ダランベールの原理、仮想速度の原理を基礎として、純粋な解析学の構築を行った。エネルギー保存則からは、最小作用の原理を導出した。
1770年、数論において、全ての自然数が高々四つの平方数の和によって表されるという、ラグランジュの四平方定理を発表している。
ラグランジュは、五次以上の方程式がベキ根によっては解けないことについても研究し、根の置換など群論の先駆けとなるような研究も行った。この問題は後にアーベルによって証明された。
オイラーと共に発見した、相対位置を変えずに共に移動し続けられるような5つの位置のことをラグランジュポイント(L1?L5)と呼ぶ。
彼は、度量衡の標準化に尽力したことでも有名である。
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ラッセル〕
バートランド・ラッセルは、イギリスの哲学者、論理学者、数学者、貴族である。
ラッセルは、数学者・論理学者として出発し、哲学者としてヘーゲリアンから経験論者に転向、以後その主張はかなりぶれがあったものの基本的にはモノ的対象を基礎とした現象主義もしくは随伴主義的唯物論をとる。そののち、教育学者・教育者・政治運動家としても活動する。
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ラフカディオ・ハーン〕
ラフカディオ・ハーンは、ギリシャ生まれの新聞記者(探訪記者)、紀行文作家、随筆家、小説家、日本研究家、日本民俗学者である。東洋と西洋の両方に生きたとも言われる。
1896年(明治29年)に日本国籍を取得、日本に帰化して、「小泉八雲」を名乗る。このため、「八雲」は、一時期島根県の松江市に在住していたことから、そこの旧国名(令制国)である出雲国にかかる枕詞の「八雲立つ」に因むとされる。
ラフカディオ・ハーンの著作は、来日以前の著作と来日後の著作とに分かれるが、代表作には次のものなど多数がある。
〔来日以前の著作〕
『飛花落葉集』
『ゴンボ・ゼーブ』
『中国怪談集』
〔来日後の著作〕
『知られざる日本の面影』
『東の国より』
『心』
『仏陀の国の落穂』
『異国風物と回想』
『怪談』
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ラプラス〕
ラプラスは、フランスの数学者・物理学者・天文学者である。
彼は、典型的な決定論者であり、これから起こる全ての現象は、それ以前に起きたことに起因すると考えた。
宇宙に存在する全ての粒子の現時点の運動状態が分かれば、今後の全ての現象は計算可能であるというものである。
このような概念は、〔ラプラスの悪魔〕とか〔ラプラスの魔〕〔ラプラスの魔物〕と呼ばれている。
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ラリー・ペイジ〕
ラリー・ペイジは、Googleの共同創業者、前最高経営責任者(CEO)である。現在は持株会社であるアルファベット社CEOで、ファミリーネームについてはページとの表記もある。
ラリーは、6歳の頃からコンピュータを触り始め、ミシガン州立大学で計算機工学を専攻、1995年に学士(計算機工学)号を取得している。
卒業後、スタンフォード大学計算機科学の博士課程に進学し、テリー・ウィノグラードの指導の下、ウェブのリンク構造、人間とコンピュータの相互作用、検索エンジン、情報アクセスインタフェースの拡張性、個人的なデータのデータマイニング手法などを研究した。
修士号取得後、スタンフォード大学を休学し、1998年にGoogle社を共同設立する。
グーグル社の従業員200人程度の規模になった、2001年4月頃まで共同社長兼最高経営責任者を務め、同年7月に最高経営責任者職をエリック・シュミットに譲る。
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