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〔ふ〕で始まる日本の偉人

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藤原鎌足 藤原啓
藤子不二雄 藤城清治
藤沢周平 蕗谷虹児
福井謙一 福沢諭吉

〔日本の偉人〕

藤原定家

 

 藤原定家は、鎌倉時代初期の公家であり歌人です。権中納言定家を称し、『小倉百人一首』の撰者として知られています。

 藤原定家は、藤原氏の一族、藤原北家御子左流の藤原俊成の二男として生まれ、京極殿または京極中納言と呼ばれていました。

藤原定家の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)

 孫の一人、冷泉為相は現存する冷泉家の始祖となります。

 定家は、平安時代末期から鎌倉時代初期に至る激動の時代に生きながら、藤原氏一族の御子左家の歌道の絶対的地位を確立しました。

 後世のいろいろな時代における定家の評価は、千差万別であり、絶賛する声が多数あるほか、痛烈な批判を受けることも多々あったことも事実ですが、現在では、日本の歌道の宗匠として仰がれる評価が定着しています。

 定家は、18歳から74歳までの56年間におよぶ克明な日記『明月記(別名:照光記、定家卿記)』を残したことが特筆されます。この中で、建仁元年(1201年)に後鳥羽天皇の熊野行幸に随行した折に記した部分は特に『熊野御幸記』と呼ばれ、国宝に指定されています。



 定家の誕生前から伝承されたできごととして、安倍晴明一族が非常に克明に星の観察をして発見した、天喜2年(1054年)のかに星雲での超新星爆発を記録しています。その他にも二つの超新星爆発の記録が書かれていて、世界でも唯一の天文学における貴重な資料となっています。

 定家は、勅撰集『新古今和歌集』『新勅撰和歌集』を撰進したほか、秀歌撰に『定家八代抄』があります。歌論書に『毎月抄』『近代秀歌』『詠歌大概』があり、本歌取りなどの技法や心と詞との関わりを論じました。

 最も有名な作品は、宇都宮頼綱の依頼で撰者となり『小倉百人一首』を撰じたことです。定家自身も次の一首を収めています。

 「来ぬ人を まつほの浦の夕凪に 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」


偉人のプロフィール

プロフィール
通称  藤原定家
本名  藤原定家
別名

 京極殿、京極中納言、明静(法名)

称号  官位:正二位・権中納言
時代  平安時代末期~鎌倉時代初期
生誕  応保2年(1162年)
死没  仁治2年8月20日(1241年9月26日)
 墓所:京都府京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町 相国寺

藤原定家京極邸址、京都市中京区 
藤原定家京極邸址、京都市中京区
(出典:ウイキペディア)
藤原定家墓(相国寺) 
藤原定家墓(相国寺)
(出典:ウイキペディア)

国籍 日本国
言語 日本語
出身地  日本国:
居住地
学歴
職業  公家・歌人
分野  和歌
所属  藤原氏(藤原北家御子左流)
業績  『小倉百人一首』の撰者

作品 〔勅撰和歌集〕
 『新古今和歌集』:後鳥羽院親撰。定家は院の助手たちの中心だった。
 『新勅撰和歌集』:定家単独撰の勅撰集、仮名序も定家。

〔家集等〕
 『拾遺愚草』
 『拾遺愚草員外』
 『定家卿百番自歌合』
 『定家卿独吟詩歌』

〔秀歌集〕
 『秀歌大体』:後堀河院に進献。
 『定家八代抄』:八代抄、八代知顕抄、二四代集、二四代抄、黄点歌勅撰抄とも。初撰本とそれを増補した精撰本とがある。
 『八代集秀逸』:定家単独撰、または後鳥羽院、藤原家隆との共撰。
 『百人秀歌』
 『物語二百番歌合』
 『小倉百人一首』

〔歌学書・注釈書〕
 『詠歌大概』:漢文体の歌論と「秀歌躰大略」と題する秀歌例からなる。
 『衣笠内府歌難詞』:藤原家良に宛てた手紙。家良の歌を批評する。
 『近代秀歌』:和歌秘々、秘々抄、定家卿和歌式とも。
 『下官集』:下官抄、僻案とも。
 『顕註密勘』:古今秘注抄、古今和歌集抄とも。
 『五代簡要』:万物部類倭歌抄とも。
 『三代集之間事』:三代集について父俊成から伝授されたもの中心。
 『先達物語』:京極黄門談、京極中納言定家卿相語、定家卿相談とも。
 『定家十体』:定家が10に分類した歌体にそれぞれの例歌を集めたもの。
 『定家物語』:古今集や万葉集の歌に関する質問に答えたもの。
 『僻案抄』:三代集注釈書。
 『毎月抄』:定家卿消息、和歌庭訓とも。偽作説も。
 『万葉集長歌短歌説』:定家卿長歌短歌之説、長歌短歌古今相違事などとも。
 『明月記』:毎月抄に見えるが不詳。
 『和歌会次第』:定家卿和歌書様並会次第、和歌秘抄、和歌秘書などとも。

〔その他〕
 『明月記』:日記。
 『松浦宮物語』:擬古物語。
 『定家小本』:古今六帖の抄出歌集と源氏物語考勘など。
 『奥入』:源氏物語注釈。
 『釈奠次第』:釈奠についての故実。
 『次将装束抄』

受賞歴
名言 〔藤原定家の名言〕

・来ぬ人をまつほの浦の夕凪に焼くや藻塩の身も焦がれつつ
(いつまでも現れない貴方を待っていると、まるで松帆の浦の夕凪の時に焼く藻塩のように、私の身はずっと恋焦がれるのです。)

・和歌に師匠なし。只旧歌を以て師となす。
 心を古風に染め、詞を先達に習はば、
 誰人かこれを詠ぜざらんや。

・春の夜の 夢の浮橋 とだえして
 峰に別るる 横雲の空

サイト
その他

 主君:二条天皇 → 六条天皇 → 高倉天皇 → 安徳天皇 → 後鳥羽天皇 → 土御門天皇 → 順徳天皇 → 仲恭天皇 → 後堀河天皇 → 四条天皇

 父母:父:藤原俊成、母:美福門院加賀(藤原親忠女)
 兄弟:成家、定家 ほか
 妻:藤原季能女、藤原実宗女
 子:光家、為家、因子 ほか

 藤原定家の息子為家の子である兄弟、為氏、為教、為相は相続問題から、それぞれ和歌の家である二条家(二条派)の祖、京極家の祖、冷泉家の祖となっています。



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