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〔正岡子規〕

 正岡子規は、明治時代を代表する文学者の一人であり俳人、歌人、国語学研究家として知られる。

 「柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺」という句の作者として有名である。俳句や短歌、新体詩、小説、評論、随筆など多方面での創作活動により、日本の近代文学に多大な影響を与えたとされる。

正岡子規の肖像・写真 
(出典:ウイキペディア)



偉人のプロフィール

プロフィール
通称

〔通称〕
・正岡 子規(まさおか しき)

本名

〔本名〕
・正岡 子規(まさおか しき)

別名

〔幼名〕
・処之助(ところのすけ)
・升(のぼる)

〔名〕常規(つねのり)

受賞歴

時代

〔時代〕
・江戸時代末期~明治時代

生誕

〔生誕〕1867年10月14日(慶応3年9月17日)
〔生誕地〕伊予国温泉郡藤原新町

死没

〔死没〕1902年(明治35年)9月19日(34歳没)
〔没地〕東京市下谷区上根岸
〔墓所〕大龍寺(東京都北区田端)

国籍 日本国
言語 日本語
居住地

学歴

〔学歴〕
・寺子屋式の末広学校
・勝山学校
・松山中学中退
・共立学校
・第一高等中学校予科
・東大予備門
・帝国大学国文科中退

職業

〔職業〕
・日本の俳人
・歌人
・国語学研究家

〔活動期間〕
・1893年~1902年

分野

〔ジャンル〕
・俳句
・短歌
・新体詩
・小説
・評論
・随筆

所属

業績

〔業績〕
・正岡子規は、明治時代を代表する文学者の一人であり、俳句や短歌、新体詩、小説、評論、随筆など多方面にわたり優れた作品を残し、日本の近代文学に多くの影響を残した。

作品

〔作品〕
 『歌よみに与ふる書』
 『仰臥漫録』
 『墨汁一滴』
 『病床六尺』(随筆)

名言

〔正岡子規の俳句〕

・柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

・松山や秋より高き天主閣

・春や昔十五万石の城下哉

・牡丹画いて絵の具は皿に残りけり

・山吹も菜の花も咲く小庭哉

・をとゝひのへちまの水も取らざりき

・風呂敷をほどけば柿のころげけり

・柿くふも今年ばかりと思ひけり

・紫の蒲團に坐る春日かな

・鶏頭の十四五本もありぬべし

・赤とんぼ 筑波に雲も なかりけり

〔正岡子規の短歌〕

・くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる

・松の葉の葉毎に結ぶ白露の置きてはこぼれこぼれては置く

・いちはつの花咲きいでて我目には今年ばかりの春行かんとす

・足たたば不尽の高嶺のいただきをいかづちなして踏み鳴らさましを

・足たたば黄河の水をから渉り崋山の蓮の花剪らましを

・足たたば北インヂヤのヒマラヤのエヴェレストなる雪くはましを

サイト

その他


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